ひらり、さっとなめらかに静かに、ご主人の機嫌を損ねることなくアスカさんはそれでも確実に、すばやく遠ざかる。
「さすがは、アスカさん」とわたしは感心している。
「アスカ」また呼んでみる。
しっぽを振っているがさっとは飛んで来ない。
また呼んでみる。
「アスカ」
すると、彼女はやってくる。ソーラさんなら、もう決して来ないだろう。
そして、「コロりん」というとコロりんをする。
そしてわたしは、ふざけ半分で、また、一本指で
くりくりっとしてみる。
がんばっている。
ぐりぐりっとしてみる。
頑張っている。
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりっとしてみる。
アスカさんはひらりっと俊敏な動きで逃げていった。
「アスカ」と呼ぶと、
やはりしっぽを振ってくれる。でも近づいてこない。
もういちど「アスカ」っと呼ぶ。
ためらっている。ソーラさんなら、もう部屋の隅の台の下にもぐりこんで絶対に出てこないだろう。
それでも「アスカ」ともう一度呼ぶと、
彼女は意を決したようにやってくる。
「コロりんだよ」というと困った顔でやろうとしない。しっぽだけ、やけに振っている。
「はい、頑張って」と励ますと、
彼女はちゃんとコロりんをした。
アスカさんの根性の入り方は中途半端ではないのである。
今度は、くりくりっとしただけで
アスカさんは身を起こそうとする。
「ダメだよ。はい、頑張って」(ほとんど訳がわからない)というと、
アスカさんは頑張るのだ。
わたしもさすがに、今度はぐりぐりっとはしない。
アスカさんは去年の冬の寒い頃、腰痛になり一週間以上、ベランダへも出ずに、ゲージの中で過ごしていた。
獣医さんにも連れてゆき痛み止めの薬を飲んでいたことがある。
その後もヨチヨチとしか歩けない日が1ヵ月くらいあった。
ほんとにヤバかった。
あの頃は、散歩もままならず、ソーラさんだけ歩かせて、アスカさんは抱えて出かけたものだ。
また、その年の夏頃、アスカさんのおっぱいのところに何かデキモノができたことがある。
犬はガンとかになることもよくあると聞いている。
獣医さんへ行って調べてもらったら、
幸い悪いものではなかった。
それでも取っておいたほうがよいとのことで、手術をして切り取ってもらった。
それに、アスカさんの口の左側が膨らんでいるのは、
おばあさんのところにいるときに、歯槽膿漏(しそうのうろう)の手術をしたあとなのだ。
苦労の多いアスカさんなのだ。
お金もかかっている。
わたしなどが、面白半分にからかってはいけないアスカさまなのだ。
くりくりくりくりとしながらそんなことが頭によぎった。
クリクリクリクリ
「よーし、アスカ、よくがんばった」とほめる。
アスカさんはほっとした顔だ。うれしそうである。
このように他の人がアスカさんをいじめていたら、わたしはおこるかもしれない。
(おしまい)
(2002年4月中旬)
(このページで流れている曲は「Bluesky」です。たけろんさんの曲を使わせていただいています。ちょっと切ない感じの曲です。目を閉じて聞いください。)
五月の風
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